朝6時、知らない人の真似をしたら神事が始まった話【諏訪大社】

はじめに
朝6時、まだ薄暗い境内に立っていたのは、たった3人だった。
会話もない。
ただ静かに、前に立つ2人の動きを待っている。
「この人たちの真似をすれば大丈夫」
そう言われて来たものの、何をするのかはまったく分からない。
これが、諏訪大社で毎朝行われている神事、朝御饌祭(あさみけさい)との出会いだった。
諏訪大社では二社四宮(上社『前宮・本宮』下社『春宮・秋宮』)お社がありますが、この四宮全てで毎朝この神事が執り行われます。
いつもご案内する度、雨が降ろうと大雪であろうと、また晴れていようと曇りであろうと一年三百六十五日を通じて、神職の方々が神前で、日々の平穏と、我々の健やかな暮らしを祈り続けてくださるありがたさを思います。
どうして、この「朝御饌祭」に参加することになったかというと、諏訪大社近くにある旅館に泊まったときのことだ。
チェックインのときいろいろ説明を受けると思うが、その説明の中に、
「諏訪大社では毎朝6時に「朝御饌祭」というのが行われているんですよ。それに参加するとお祓いもしてもらえますし、そのあと朝風呂に浸かるのがおすすめですよ」
という説明があった。これが参加するきっかけだ。
仲居さんは続けた。
「毎朝欠かさず参加されてる方もおられるので、その人の真似をすれば大丈夫ですよ」
「その方の近くで待っていれば大丈夫です」
正直、言っている意味は半分くらいしか分からなかった。その人の真似をすればいいとかいったい何をするのだろうか。
なにか舞みたいなものを一緒に踊らないといけないのか。
「あの人に会えって」なんだかゲームのRPG的な感じだな、なんて思った。リアルでこんな場面に出会うことは稀だと思う。
ちょっと興味が出たので5時半に目覚ましをセットすることにした。
当日の朝
3月上旬、6時前の諏訪はまだまだ肌寒く薄暗い。
温泉街にはまだ灯りが残り、人の気配はほとんどない。
諏訪大社の周りは、THE観光地だから、こんなにひっそりしているのはかなり珍しい体験をしている気がする。
5時55分の諏訪大社は昼間と違ってひっそりとしていた。
ある意味ちゃんと諏訪大社と向き合っているような感覚に襲われ、昼間に訪れたときにも感じてはいたが、それ以上に厳かな雰囲気に少し恐怖すら感じた。
僕は仲居さんから言われた、会うべき人物の姿を探した。
2人の姿があった。この人たちが毎朝参加している人たちなのだろうか。
当然声なんてかけられない。
仕方がなく2人を遠目から観察していると、弊拝殿の前で何かに導かれるように直立不動になった。
間違いない。あの二人が仲居さんが言ってた、「あの人たちの真似をすれば大丈夫
」の人たちだ。
2人は3メートルくらいの間を開けて立っていた。僕は二人の後ろ、3点を結ぶとキレイな二等辺三角形を描けそうな位置で直立不動した。
しばらくすると、背後にある神楽殿から「ドーン、ドーンドーン、ドドドン」と太鼓の音が打ち鳴らされた。
まさかの背後からのスタートに驚いた。想定外だ。これからどうすればいいのか考えたが分かるはずもない。
というか、もう少し人数がいると思っていたので、まさかの3人スタートに一抹の寂しさというか、研修で集まった人たちが自分以外みんな顔なじみで、おしゃべりしてるけど、自分はその輪に混じれないみたいな心細さを感じた。
太鼓の音が鳴り終わった。
さて何が起こるのか。
だんだん足音が近づいてきて、装束を身にまとった神職の方が三方と呼ばれる神様のご飯を持ち、現れた。

それから祓詞というものを奏上したあと、お祓いといえばこれだよね! というやつ、大麻(おおぬき)というらしいがこれでわっさわっさお祓いが始まる。
その間僕を含めた3人は深く礼をしている状態だ。
そろそろいいかな、と思って顔を上げたら、ちょうど僕たちをわっさわっさ祓っている最中で慌てて頭を下げた。
これが仲居さんの言っていた、お祓いなのだろう。
さて、この辺りで新たに観光客らしき女子旅3人衆が参加してきた。これで陣形は二等辺三角形から平行四辺形に変貌した。
毎日参加しているプロに混じってプレーをしているこちらとしては、味方が増えたような気がして安心した。
ここから二礼二拍手が始まる。神職の方に合わせて礼をする。
毎日参加している猛者たちは、その礼がとにかく深い。頭が膝に届きそうなくらい、深く頭を下げていた。
それから左を向いて2度深く拝礼をし、右を向いて拝礼し、回れ右をして拝礼した。
回れ右をしたら、今までいた僕の前のお手本となる猛者の姿は見えなくなってしまう。
不安に襲われながら今までのパターンからして、こうすれば合っているはずと2度礼をした。
そんなこんなで、「朝御饌祭」は終わった。神職の方が持ってきた三方を持って帰っていった。
それって、持って帰っちゃうの! とツッコミたくなった。
神職の方がいなくなると、残された面々はそれぞれ軽く会釈をして去っていった。
さっきまでの空気が嘘みたいに消えていく。
兵どもが夢の跡である。
それから宿に帰り、朝ご飯を食べるわけだが、そこで今朝の話になった。
「お供え物持って帰るの?って思いませんでした?」
仲居さんに聞かれた。やっぱりそこにはみんな引っかかるんだなと安心した。
まとめ
今回は先日参加してきた諏訪大社の「朝御饌祭」について書いてみた。
宿の人に紹介されるまではこんな神事があること自体知らなかった。
諏訪大社の人たちだけではなく、地域の人たちからも諏訪大社が愛されていることがわかる出来事だった。
朝の神社って気持ちがいいですね。
観光では味わえない“日常の神事”に触れられる体験ですよ。少しだけ、世界の見え方が変わるかもしれません。
みなさんも諏訪に泊まった時はぜひ参加してみてください。
【ストックしているもの】冷蔵庫にはいつでもベーコンとレタスを!
冷蔵庫を開くと、そこにはいつもレタスとベーコンがあった。
この二つの食材の使い道は決まっている。ペペロンチーノだ。
作り方はいたって簡単。
フライパンにオリーブオイルとニンニクを入れ、ニンニクが焦げない程度に揚げる。
この時点でニンニクの香りがキッチンだけでなくリビングにまで広がる。
ニンニクの色が変わったら、鷹の爪を入れる。
次に冷蔵庫からレタスを取り出し、適当にちぎってザルに入れる。それを水道水で軽く洗い、ぷつぷつ泡の立つオリーブオイルに放り投げる。
ある程度時間がたつと、レタスが、「もう勘弁してくれよ」と言わんばかりに、しなしなになる。このタイミングでベーコンを入れ軽く焦がす。
このころになると電子レンジでチンをしていたパスタが茹で上がるので、湯切りをして鍋に突っ込む。
適当に混ぜたら、塩コショウと、だしの素で味を調えて完成だ。
文字に起こすと300文字くらい。実際に作ると10分程度で完成するから重宝している。
疲れた日の夜にはぴったりだ。ベーコンが入っていると豪華な感じが演出できるし、レタスが入っていると見た目に彩りが出て美味しそうに映る。
だから、どちらも疲れたとき用に、常に冷蔵庫に入っている。
簡単にできるからみなさん、ぜひ作ってみてほしい。
正月は書初めをするべし
正月は色々なイベントがある。
百人一首に凧揚げ、お年玉などなど。しかし大人になると、そんな行事とは一切無縁となる。
近年は専ら寝正月だ。それはよくないと思い、「そうだ! 書初めをしよう!」と考えたのは2020年の年明けのことだ。
ただ書初めをしても仕方がない。何かしらの苦労をしなければ、と苦労の種を探した。
思い付いたのが、「墨汁をちゃんと墨から擦ろう。そして擦るときに使う水を、近くの山の湧き水にしよう」だ。幸い僕の近所の山の湧き水は『日本百名水』に指定されている。
僕は身も凍るような寒さの中、自転車を漕いだ。寒いくせに山の坂道だから汗をかく。
予定よりもだいぶ時間がかかった。
辺りが暗くなり、スマホのライトで照らしながら水を採取した。一応飲めるけど自己責任だからね、との趣旨の看板が隣に立っている。
次の日、書初めを終えて残った湧き水を飲んでみた。
そこから三日間腹痛に襲われた。
みなさんも湧き水を飲む際は煮沸沸騰させてから飲んだ方がいいと思う。
お正月のこんにゃく
新年は父の実家で迎えることが多い。しかし最近はコロナの影響で行けていない。
僕の家では基本的に大晦日はガキ使を見ている。つまり、ガキ使を見たまま年を越すことになる。
ガキ使が終わったあと、家族総出で神社に向かう。
僕の父の実家は、とある離島だ。
離島に神社は一つしかない。なので島中の人が神社に詰めかける。とはいっても、人口は500人程度なので大混雑するわけではない。
神社では甘酒が振る舞われる。そこで体を温めたあとにお賽銭を投じ、神様に挨拶をする。
神社の次はお寺に行く。お寺も島に一つしかない。神社でのお参りを済ました人は三々五々お寺に向かう。
お寺に着くと、そこでは三角のこんにゃくが振る舞われる。お寺の石段に座りこんにゃくを頬張る。これがとても熱い。
お寺からは海が見える。真夜中の海はまさしく漆黒だ。本島は観光地として栄えているためホテルがたくさんある。ホテルの部屋の電気はわりかし灯っていた。
こんにゃくを食べながらその光景を眺めていると、「年があけたんだな」と思う。
雪が積もった!
「大人と子供の境界線はどこなの?」
こんな難題を突き付けられたとき、なんと答えればいいのだろうか。
責任を負えるかどうかじゃないのかい? と誰かが言っていたり言っていなかったりしたような気がする。
しかし、そんなフワフワした答えでいいのだろうか?
「じゃあ責任ってなんなの?」と聞かれたら一発アウトである。そんなモノ知るわけがない。
では大人と子供の境界線はどこなのだろうか?
色々考えた結果、「朝起きて、カーテンを開けたら雪が積もっていたときに何を思うか」という結論に至った。
雪が積もっていて、「ヤッター!」と思うのが子供で、「雪なんて最悪だ!」と思うのが大人だ。
ただし、これは雪に慣れていない地域でしか通用しない理屈だと思う。例えば愛知県民とか。
まさしく今日は、「朝起きて、カーテンを開けたら雪が積もっていたときに何を思うか」を突き付けられた朝だった。
愛知県では珍しく雪が積もり交通がマヒしていた。道路にこそ雪は積もっていなかったが、ベランダから見える田んぼは白く染まっていた。
数年ぶりの積雪に僕はワクワクした。なぜなら今日は仕事がなかったからだ。
このことから考察してみる。
「大人と子供の境界線はどこなの?」
「朝起きて、カーテンを開けたら雪が積もっていたときに何を思うか」
※ただし、仕事・学校のある日に限る
ということになる。
しばらく寒い日が続くらしい。雪には気を付けないといけないな、と思った。
会社に行くだけでもう立派
仕事に行くだけでも偉いと思う。
朝、時間通りに起きるのがどれだけ難しいことか。
目覚ましを止めたあとにやって来る二度寝の誘惑にも負けず、きちんと起きるのだから偉すぎる。
ふかふかの布団を蹴飛ばし、全エネルギーを腹筋に集中させて体を起こす。これだけでも一苦労だ。
歯磨きだって毎朝やる。歯磨き粉を使い歯を磨くのだ。もう素晴らしい。
ちゃんと着替えもする。起きたままの格好で仕事しちゃえ! という葛藤を抱えつつ身嗜みを整えている。これはもう拍手喝采だ。
そして、いつも通りの時間に家を出る。何気なくやっている「いつも通りの時間に家を出る」労力は果てしない。称賛に値する。
通勤手段は人によって違うと思うが、大抵混んでいると思う。
僕の場合は車通勤だ。
朝の道は大渋滞。みんなイライラしているのが何となく伝わる。それでも安全運転に努めて事故をせずに会社まで行っている。もう立派だ。
社会人、学生分け隔てなくもっと褒められて然るべきだ。立派すぎる。いや、立派だ。
初めてのシャコ
シャコとは一体なんなのか? この疑問はいまだに解決していない。
僕が初めてシャコを食べたのは、愛知県知多半島の先っぽにある『まるは食堂』という海鮮料理屋だ。
まるは食堂は愛知県ではなかなかの知名度を誇る。なんでもエビフライが大きくて有名らしい。
職場の先輩から、「豊浜の魚市場に行きたいけん」と誘われた。ちなみに先輩は広島県出身の人だ。
もともとはユーチューバー『気まぐれクック』の聖地巡礼がしたい! とのことで向かったが、人が多くて予定通りいかなかった。
気を取り直す意味でも、「まるは食堂のエビフライを食おう」となった。
こちらもなかなか混んでいて、2時間程度待ったと思う。
席についてエビフライの定食を注文した。そのセットにシャコがいた。
エビフライも大きくてびっくりしたが、それ以上にシャコの得体の知れなさに度肝を抜かれた。
先輩もあまり食べたことがない様子で、二人してビクビクしながら口に入れた。
美味しいが、「これはなんだ! エビなのか! お前はエビなのか!」とそればかりが気になってしまった。
だから僕の中では、「まるは食堂はシャコのお店」ということになっている。